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ゴブリン来日
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    イタリアン・プログレッシヴ・ロック・フェスティヴァル秋の陣2011―夢のまた夢
    まー、色々あるけれど、要はゴブリンが来日コンサートというので、川崎のクラブチネッタまで行って参りました。18時会場、19時開始ということなれど、物販があるので、なるべく早めに行くのが吉。実際、ゴブリンの限定Tシャツは売り切れていたし。ちなみに10名に抽選で色紙が当たりますよ。
    んで、19時よりTHE TRIP。ごめんなさい、俺よくわかんね。20時に終了。20分休憩というアナウンスがあったのだけれど、10分しかなかったような。
    20時10分より、ゴブリンの演奏開始。
    ゴブリンと言えばシモネッティ、モランテ、モランゴロー、ビニャテッリがやはりゴールデンメンバーだと思うのだが、この辺りはメンバーが入れ替わり立ち替わりで、シモネッティが抜けて2000年に解散したと思えば、モランテとモランゴローとピニャテッリがバック・トゥ・ザ・ゴブリンを結成してまた解散、モランゴローとピニャテッリがゴブリン・リバースとして活動する中、今回来日したのはシモネッティとモランテ、その他三人のメンバーである。ちなみにシモネッティはモランゴローらとは完全に決別したらしく、ゴールデンメンバーでの再結成は夢のまた夢のようで。
    演奏はステージ向かって左にシモネッティ、真ん中にギターのモランテ。
    最初に『サスペリア2』(メインテーマではない)、その後『ローラー』『マークの幻想の旅』等の地味目の曲が続いた後、21時ぐらいから『ゾンビ』メインテーマとゾンビ、『サスペリア』『シャドー』『フェノミナ』『サスペリア2』あたりが演奏され、後半はノリノリに。個人的には『アクアマン』をやって欲しかったのだが。
    ただ、気になったのが全部アレンジが加えられているのですな。デモニカ時代のシモネッティのアルバムを聴いた時も感じたのだが、オリジナルがピアノ曲でも行けるような繊細で技巧的な曲調なのに、これをハードロック調にアレンジするのはどうも違和感が。つーか、ベースとドラム掻き鳴らして、キーボードのシモネッティとギターのモランテが何か手を抜いているように見えるんですな。真ん中に立っているのに、モランテの空気っぷりが妙に目立つというか(『サスペリア2』のメインテーマでは殆どソロに近いけれど)。まあ音楽に関しては素人なので、そういう印象を受けたという感じで。つーか、誰か否定して。今度は出来れば変にアレンジしないで、オリジナルで演奏してくれないかしらんと思いましたことよ。
    まあそんな感じですが、とにかく生でゴブリンのメンバー、そして『ゾンビ』のテーマをノリノリで聴けたので、おいちゃんはうれしかったです。考えてみれば観客の殆どが30〜50代のオッサンばかりで、何か氷川や韓流のコンサートに群がるオバハンを笑えんぞ、こりゃ。21時40分に終了。
    その後20分休憩で、最期にPFM登場。背景に無声映画や土人の儀式(何か縄でターザンごっこしたり、フィールドアスレチックスみたいなのを楽しんでいる)やベニスの洪水の映像をバックに、演奏。ゴブリンと違ってオヤジギターが力一杯演奏していて、個人的には曲は地味なものの、バンドとしての完成度は高いかなーと。一度終わった後アンコールで登場、客をいぢりまくって、結局2曲スタンディングオベーション。んー、トリにふさわしく、気持ちよござんした。
    おかげで終了したのが23時半。何とか京急川崎の23時48分発の最終特急に間に合いましたが、終電の関係か、途中で席を立った人がいたのには同情致します。
    | 映画・TV | 23:59 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
    『世界侵略:ロサンゼルス決戦』『ラスト・エクソシズム』『猿の惑星:創世記』鑑賞
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      TOHOシネマ1000円デーなので、ハシゴ。今回はなかなか佳作揃いでした。以下、全部ネタバレします。
      『世界侵略:ロサンゼルス決戦』公式サイト
      東京を皮切りに、世界中の大都市沿岸に宇宙から飛行物体が墜落。それらが人工物であり侵略の可能性があると、米国は軍隊による迎撃を準備。年齢と部下を死に追いやった経験から退役を予定していたナンツ二等軍曹(アーロン・エッカート)は、士官学校出のマルチネス少尉率いる小隊に組み込まれ、出撃。落下物からはエイリアンの歩兵が続々と上陸し、ロサンゼルスは火の海になっていく。ナンツ等は3時間後の空爆までに、戦闘地帯の警察署に残された民間人を救出して帰還するミッションを受ける。交戦し、生存者や残存兵と合流しながらナンツ等は進むが、制空権を得たエイリアンによって救出のヘリは撃墜される。マルチネスの決断で一行はバスに乗って前線基地に戻ろうとし、ナンツは電波を追って標的を追跡する飛行物体を無線機でガソリンスタンドに誘導して爆破に成功する。しかし一般道は通れず、高速道路では出口が破壊されて降りられず、歩行兵器を持ち出して襲撃してきたエイリアンに苦戦を余儀なくされ、一行はマルチネスのバス自爆によって辛くも難を逃れる。しかし苦労して戻った前線基地は既に破壊された後だった。残存物資で補給した一行は、次の脱出ポイントを目指して後退するが、その途中にエイリアンの司令部があるとナンツは推察する。敵の司令部を破壊すれば、遠隔操縦されている敵の戦力の殆どは無力化できるのだ。脱出ヘリに乗ったものの、ナンツは一人突入を決意して地上に降り立つ。彼を追って生き残った兵士全員が付いてきた。地下の司令部を発見。爆破ポイントを無線機で報せた部下は吹き飛ばされた。レーザーサイトで誘導されたミサイルの攻撃を受け、敵司令部が地上に姿を現した。しかしミサイルは飛行物体の体当たりで落とされる。最後のミサイルを命中させる為に、ナンツ達は敵の猛攻を受けながら、飛行物体を撃墜死、死守したレーザーサイトによってミサイルを誘導、ついにとどめのミサイルが命中し、司令部は破壊される。ロサンゼルスで人類は優位に立ったのだ。前線基地に戻ったナンツ達は、休む間もなく、次の攻撃に向かうのだった。
      端的に言うと、『ブラックホーク・ダウン』の目的を要人暗殺から民間人救出に変え、敵をエイリアンに変え、『THE地球防衛軍』をパクったといったところか。特にクライマックスの縦長司令部母艦を見上げながら、攻撃を加えるシーンはそのまんまで、ちょっと笑っちゃいました。全体的に撃て行け撃て行けの繰り返しで、前半の潜入戦から徐々に盛り上げて、クライマックスに敵司令部というラスボスを設定しての、一小隊視点からの物語で、実に面白い。その分ドラマ部分は削ぎ落とされていて、冒頭の主要キャラの登場シーンも、わりとおざなりというか、投げっぱなし。まあ、この手の映画でヒロインとのダラダラしたメロドラマなんて、低予算映画の時間潰しの何物でもないからそれでよし。救出された民間人(マイケル・ペーニャ)が子供を守って戦死してナンツがその息子を励ます点と、かつてナンツによって兄を戦死させられた黒人兵との対立と和解という二点をそつなく入れてまとめている点だけで、十分合格。
      ただまあ、基本的には兵隊さん映画なので、「我々は民間人を決して見殺しにしない」とか、自己犠牲精神発揮の上官とか、優しく強くて人間的な主人公とか、お約束のシーンは苦笑もの。全滅させられたばかりの基地に敵兵がいなくて物資はたっぷり残っているとか、エイリアンの目的が水とか(霧島五郎さんですか?)、ご都合的な部分もチラホラ。
      個人的には今までネイティブアメリカン、次はロシア人、ベトナム人、イスラム系と来て、敵がエイリアンに変わったものの、相変わらず「敵兵は非人間的な凶悪な存在」という視点は変化なし。民間人をマイノリティ(移民?)に変えたところが時代だなあと感じさせますな。それもまたアメリカ的な上から目線の描写ともとれますが、まあ固いことは言いっこなし。非常に楽しめる作品でした。

      『ラスト・エクソシズム』公式サイト
      かねてから悪魔祓い=エクソシズムの弊害に疑問を感じ、インチキ悪祓いをしていたコットン牧師は、エクソシズムのインチキをバラす映画を撮ろうとするアイリスとダニエルのドキュメンタリー映画製作に協力をする。今回の目的は、アイヴァンウッドの農場主・ルイスの家。長男・ネイレブの敵視を受けつつ、コットンらはルイスから家畜が斬殺され、その犯人が娘のネルの仕業だとの相談を受ける。コットンらは音響の入ったレコーダーや電流を流す指輪を駆使しながらポルターガイスト現象を再現しつつ悪魔祓いの儀式を断行。謝礼をせしめて帰路に就く。……が、宿泊していたホテルにネルが現れる。そして帰宅してもケイレブの顔面をナイフで切り裂くネル。これはもう精神科医の領域だ。しかし妻を癌で死なせてしまったルイスは医師を信じず、むしろ悪魔に憑かれたネルを殺害して救おうとする。留守電に吹き込まれていた、ネルの妊娠。ルイスによる性的虐待を疑うアイリス達。そしてネルもまた、コットンが火に包まれ、アイリスがバラバにされ、ダニエルが首を切断される異様な絵を描き、猫を斬殺するなどの異常な行動を見せる。やむを得ず悪魔祓いをするコットン達の前で、ネルは全てを告白する。ネルは町で知り合ったローガンに妊娠させられていたのだ。ルイスやネルと馴染みの町のマンレー牧師に任せ、コットン達はローガンに会いに行く。しかしローガンはネルの話を全て否定する。そもそも彼は同性愛者だったのだ。ネルの告白は自分達を厄介払いする為の嘘だったのだ。ルイスの家に戻るコットン達だが、家はもぬけの空だ。そして森の方から、ネルの声が。駆け付けたコットン達が見たのは、縛り付けられたルイスの前で、ネルを生贄に、マンレー牧師が行うサバトだった。ネルから生まれる真っ赤な何か。そして何十メートルも吹き上がる炎の中に見える何か。アイリスの静止を聞かず、悪魔を倒し、ネルを救う為にサバトに突撃して行くコットン。アイリス達は森の中を逃げるが、アイリスはサタニスト達に惨殺された。そして一人カメラを持って逃げるダニエルは、ケイレブによって殺害される。
      『食人族』『ブレアウィッチ・プロジェクト』以降延々と続く、フェィクドキュメンタリーの一本。ただ、ズーム時のピントをぼやかしたりしているものの、全体的に素人っぽさが少なすぎて、フェイクっぽさは皆無。「行方不明になった撮影隊のフィルムを構成」とあるものの、きちんとカットインとか編集がされていて、その種の効果はないですな。そもそもあれだけ犯罪の証拠が写っているフィルムが処分されないで流出する事事態がおかしいし。
      全体的に低予算作品なのに『悪魔のいけにえ』で見せられたような南部の閉鎖性と狂気の雰囲気と描写は薄いものの、じわりじわりと物語が日常性を離れて行き、さまざまな推理と可能性を散らばせておいて、きれいに落ち着くかに見せて最後に『悪魔の追跡』的なストレートにオカルト映画物になる展開はお見事。というか、唖然。とはいえもう一回観たい映画かというと、ちょっと微妙。むしろ当時24歳?のアシュリー・ベルがうぶで清純な娘と悪魔憑きの狂人役を熱演していて、ここが最大の見物か。

      『猿の惑星:創世記』公式サイト
      製薬会社ジェネシスに勤めるウィルは、父・チャールズのアルツハイマーを治療する薬を開発するが、興奮したチンパンジーが社内で暴れ、開発は頓挫してしまい、実験用の猿も全て処分することになってしまう。その中にいた実験用猿の息子・シーザーを家に引き取ったウィルは、開発中の薬をチャールズに投与し、チャールズの痴呆は改善していく。しかし5年後、チャールズは再び病状が悪化。そして隣家のパイロットの車で事故を起こし、トラブルとなったところを救おうとしたシーザーが大暴れし、結果シーザーは猿の保護施設に収容される。そこでシーザーは他の猿や高圧的な施設主のドラ息子からの虐待を受ける中、持ち前の知能で他のゴリラやオランウータン達を手なずけて仲間としていき、とうとう建物内だけでなく外部への出入りも出来るようになっていく。一方ウィルはさらな強力な新薬を作るが、それは猿の知能を高めるものの、人間には伝染性のある、有毒な薬品だった。そしてその薬品により、ウィルの同僚のフランクリンが死亡し、ウィルの隣家のパイロットが感染する。一方ウィルはようやくシーザーを引き取れる事になるが、人間に絶望し仲間の猿との絆を深めたシーザーは、ウィルの家への帰宅を拒否する。そして夜、シーザーはウィルの家から盗み出した新薬を保護施設の猿に投与。瞬く間に施設を制圧し集団脱走したシーザー達は、動物園やジェネシス社を襲撃するなどして仲間を増やし、都市を暴走し、橋を抜けてかつてウィル達と訪れた森へ向かう。シーザーを追うウィル。シーザー達は橋の上で防衛線を築く警察を全滅させ、森の中に逃げ込む。そして追いかけて来て家に帰ろうと提案するウィルに対し、シーザーは「ノー」と答え、「ここが家だ」と、人間の言葉で語り、二人は決別する。しかしその頃、新薬に感染したパイロットは、そのまま海外へ旅立ち、世界中が致死性の毒に感染していくのだった。
      最初予告編で観た時に猿があまりにも普通の猿過ぎて面白くなかったのだが、シーザーの豊かな表情とか他の猿の演技を観ていたら、そんなどうでもよくなりましたわ。前半がちと長い感じもするが、物語を丁寧に進めているので、特に文句はなし。ヒロインの獣医・キャロラインが何かどうでもいい感じだけれど。
      むしろ残念なのは、ウィルとシーザーが決別し、シーザーが蜂起してから。いや、動物園やジェネシス社を襲ったからと言って、あの数には膨れ上がらんだろというツッコミではなく、スケールが違いすぎる点。結局本作は旧シリーズにおける『猿の惑星・征服』(と『新猿の惑星』)のリメイクというポジションになるのだが、オリジナルが低予算、当時20世紀フォックスがスタジオの用地を売却して立ったオフィスビル街で殆ど撮影しているにもかかわらず、猿の武装蜂起と都市制圧が今後世界中に広がって行く事を予言し、狂乱する猿達の前でシーザーが「猿の惑星が生まれたのだ!」と一席ぶってスケール感のある作品世界を構築していたのに対し、本作は結局、猿の集団脱走で、しかも森に逃げ込んで終わり、人類は伝染病でそのうち死滅するのだという、まあリアリティはこちらの方があるのだろうけれど、何とも消極的でちんまりとしたお話に終わってしまったのが惜しいというか、つまらん。この辺り、黒人の暴動が多発していた時代とはやはり感覚が違ってきてしまったんですかね。ちなみに保護施設にコーネリアスという猿がいたのが、ちょっとマニア向け。
      | 映画・TV | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      『インシディアス』鑑賞
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         公式サイト

        ジョシュとルネの夫婦は子供三人連れて引っ越すが、怪異現象が続き、息子のダルトンがはしごから落ちて昏睡状態になってしまう。さらにルネは家の中に何者かがうろついているのを目撃し、ダルトンのシーツに悪魔のような血の足跡を発見。ルネの要求に従って一家は引っ越すが、怪異現象は引っ越し先でも発生した。ルネの言葉をジョシュは信じないが、彼の母親のロレイン(バーバラ・ハーシー、笑)も夢の中で家の中をうろつく何者かを目撃。そしてロレイン旧知の霊能力者・エリーズの助手二人が調査したところ、波長を変えたカメラに笑顔の女が写る。
        以下ネタバレすると、乗り出して来たエリーズは家でなく、ダルトンに霊が付いてきていると断定。ダルトンは意識を失っているのではなく、幽体離脱して帰れなくなっているのだという。忠告するエリーズ達をペテン師と決めつけたジョシュは彼女たちを追い出すが、ダルトンの描いた絵が彼女の忠告を裏付けていたのを見て、彼女たちを呼び戻す。そして写真嫌いな助手の過去が語られる。ジョシュは8歳の頃に幽体離脱しており、写真を撮る度に、得体の知れない老婆が写り、それが近寄ってきていた。放置すればジョシュは乗っ取られてしまうということで、彼の記憶は封印されていたのだ。
        という訳で、エリーズ達の協力の下、ジョシュは幽体離脱。カンテラを片手に暗闇の中を進み、前の家に進入。ダルトンの絵にあった二階の赤い扉の中に、両脚を鎖で縛られていたダルトンを発見。ジョシュとダルトンは悪魔や悪霊達の追跡を振り切って逃げ帰るが、悪魔達は彼等を追って新居に攻め寄せて来た。ルネの声にジョシュは再び姿を現した老婆を撃退し、ダルトンは悪魔の追跡を振り切って意識を取り戻す。しかし異変に気付いたエリーズがジョシュを撮影したところ、激怒したジョシュは彼女を絞殺する。駆け付けたルネが見たのは、エリーズの死体と、老婆に乗っ取られたジョシュの画像だった。そして彼女の背後から、禍々しい声でジョシュが声を掛けるところで終幕。

        前半はだるいぐらいに幽霊屋敷物。それがエリーズが乗り出して来た当たりからあれよあれよの変な展開になり始め、最終的にはミニゾンビ軍団との戦いというか、『恐怖の足跡』のような展開に。レーティング指定もあるのだろうけれど、全体的にゴア描写等は薄目。顔が赤くて全身黒ずくめでカモシカの脚を持つ悪魔も壁を這って追いかけてくるシーンなどもわずかにあるが、基本的には家の中で出演者達がワイワイやっていて、後は演出よりも効果音でのコケ脅しが殆ど。あまりの地味さに、これって70年代のB級映画?と思ってしまう。エリーズの助手達が科学と機械(?)を駆使して調査をしたり、降霊会の時にエリーズがガスマスクのようなものを着けてそこから伸びるチューブが助手の耳元に装着されていて霊の言葉を代弁するといった面白い描写もあるが、この辺りは『ヘルハウス』の機械の方が面白いし。全体的に地味かつ時代遅れな作品でありました。レネ役のローズ・バーンはリー・トンプソンそっくりで懐かしかったけれど。
        | 映画・TV | 23:28 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        『南京!南京!』鑑賞
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           公式サイト

          『南京の真実』第一部からもう3年以上経つのかー、何時になったら第二部をやるのかねーと思いつつ、中国製南京事件映画『南京!南京!』がようやく日本語字幕付きで上映会。どうも日本国内での配給契約はされていたもの、結局お蔵入りとなっていたようで、執念での上映会となった模様。いーじゃん、安倍元首相の始めた日中共同研究で犠牲者数は折り合いつかねど史実という事で決着が付いてるんだし。それ以外の問題か。

          つーわけで中野ZEROホールに行って参りましたが……ここ、遙か昔にピープロ作品上映会で生前のうしおそうじ氏の姿を見た所だったような。結局前売りを買い損ね、公式サイトには上映開始時刻が書いていないという感じなので、記憶を頼りに12時15分頃に到着したら、550席のホールが満員御礼札止め。えー、わざわざ次回作の撮影を中断してこの為に駆け付けてきた陸川監督のトークショーを見たかったですな。トークショー後、そのまま成田へとんぼ返りしたらしいし。まあ、こういう映画だから、周囲には婦人警官含めて警官が10人以上警邏していたけれど。代わりに『日本暗殺秘録』の上映会でご一緒した鈴木邦男氏が入り口で談笑していたり、帰り際に傘差して帰るのを見かけたり。
          そんな感じでサンモールとプラネタリウムで時間を潰しながら、16時15分開場・45分開始の二回目を鑑賞。客は七分入りといったところですかね。

          映画全編はモノクロ。盧溝橋事件に始まる日中戦争をドキュメンタリータッチで時系列に沿って教科書並みのシンプルさで説明した後、南京に進軍する下士官・角川と、ジョン・ラーベの下で働く、二人の娘を持つ唐を中心にした群像劇といったところか。もちろん多数の日本兵や中国人、安全区の外国人などが出て来るが、省略。南京陥落後機銃掃射やら生き埋めやらで大量の中国人が殺害された後、ラーベが中心とする安全区と日本軍の交渉、慰安婦・百合子をめぐる角川の愛、日本軍と取り引きする唐、安全区を潰すと脅され、避難民から女の供出を余儀なくされるラーベ側が描かれる。結局ラーベは日独関係をまずくするという理由で去る事を余儀なくされ、唐は二人の娘を殺害され、結局自らも処刑される。南京は開城され、日本兵達は太鼓を叩き、民謡を踊り、一大祭りとなる。そして数々の蛮行と百合子の死に苦しんだ角川は、処刑確実な中国人親子を逃すと、自決。去って行く親子は、生きていることの素晴らしさに笑顔を浮かべるのだった。

          ジョン・ウーの『南京1937』はスペクタクルな虐殺シーンを堪能できた反面、面でなく点の描写が目立ったが、本作は廃墟でのロケを多用し、寒々しい中国大陸と首都・南京の広さを感じさせる……というか、寒々しい、死体の転がる広々とした街区を掃討する数人の日本兵の小隊とか、銃撃されて隣の兵士が吹っ飛ぶシーンとか、『プライベート・ライアン』っぽい。
          本作がユニークなのは懊悩する日本兵・角川を配置した点と、陥落寸前の南京城から逃げる逃げないで、スクラムを組んだ国民軍兵士達と逃亡兵達が激突したり、鬼の日本兵と勇敢な中国人というステレオタイプにならなかった点か。特に日本兵はやはり怪しいところはあるものの、日本人役者と日本語指導が徹底されており、違和感は少ない。
          殺害描写は例のプロパガンダフィルムを彷彿とさせるシーンがあるものの、全体的に大人しめ。とはいえ姉を守ろうと日本兵にすがりついた幼女が窓から放り投げられて転落死させられるとか、やり殺された中国人慰安婦の全裸死体が数体リヤカーに積まれて日本兵の中を通り抜ける中、誰も目を止めないとか、結構じわじと来る。『ブラインドネス』でないが、安全区の女性が集められ、安全区の為に慰安婦志願者が一人一人手を挙げるシーンはかなりきつい。

          全体的に映画がモノクロなので、ミリタリーマニアでないと最初はどっちだかわからなかったりする。群像劇にしたものの結局角川が心を痛めたのは日本軍の蛮行なのか、慰安婦の死なのか曖昧で、何故中国人を助けて自害したのか、どうも本編との結び付きが弱い。祭りの描写も挿入する意図が分かりにくい。
          しかし一番気になったのは、南京事件の描写がドキュメンタリータッチのようで、結構曖昧な点。個別の事件を追っていたらTVシリーズ並みの長尺になってしまうから仕方がないものの、各描写は南京大学や漢口路小学校難民収容所での拉致強姦事件当たりがベースだと思うのだが、やはりかなり端折ったりまとめたりしていて、事件のリアリティをかえって薄めている感が強い。この辺、日付表記は維持して、ドキュメンタリータッチで攻めた方が、作品として締まりのある物になったと思うのだが。全体的に、角川の描写も含めて焦点がぼやけてしまった後半が惜しまれる作品といったところか。
          | 映画・TV | 23:45 | - | - | - | - |
          ぜーくーろーすー
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            ライダー大集合!公式サイト
            7/17〜19、仮面ライダーの中の人と着ぐるみの中の人と関係者を集めたイベントである。各種映画上映後、
            宮内 洋×千波丈太郎、阿部征司
            高杉俊介×岡田 勝×上田弘司、鈴木美潮
            倉田てつを×田口 萌、鈴木美潮
            菅田 俊×城谷光俊×中屋敷哲也、鈴木美潮
            速水 亮×川崎龍治(撮影)×太田耕治(照明)、阿部征司
            千葉治郎×左近洋一×新堀和男×岡崎 徹、鈴木美潮
            佐々木剛×千葉治郎、阿部征司
            荒木しげる×河原崎洋央×菊池 潔(大平特殊効果)、梅田味伸
            というトークショーを行い、最終日は全員登場という案配である。さすがに1号やスカイは来てくれないようだが、俺の愛するライダーマンは鬼籍だし、アマゾンはまた出る出ないのトラブルでキャンセルになったり変更になったりでパス状態、さらに全日パス&最終回チケットは早々に完売(当日券も無し)し、要は本日のZXのトークショーしか観られないという事で、行って参りました。昨日が親の通院介助と映画上映で休み無しでの朝からモード、しんどかったわー。

            とりあえず9時半開場に15分程遅れて到着、映画『仮面ライダー対ショッカー』『仮面ライダー 8人ライダーVS銀河王』『 仮面ライダーストロンガー 』鑑賞。やはりイケイケの『対ショッカー』が面白いですな。ヒロインが戦闘員の集団に襲われて寄ってたかって服の背中を破られて野原に倒れその後電気拷問しまくり(されまくりでない)、幼女のフレアスカートパンチラ見せ放題と、別の意味の見せ場の方が興味深い駄作『銀河王』とかストロンガー7話ブロウアップ版が終わり、12時よりトークショースタート。
            『ドラゴンロード』と共に、客席右後方から菅田俊登場!通路側の客と握手しながら、ステージに上がり、中屋敷氏と城谷氏登場。全員ハンドマイクを握らないで座って司会に注意された後、中屋敷氏が水のペットボトルを掴んで話すボケをかます。
            その後スーパー1オーディション時のラッシュを上映。壁から飛び降りて戦闘員二人との擬闘、笑顔等の貴重な映像に垂涎。んで、中屋敷氏、客席で離れて観ているというボケをかます(基本的にボケとツッコミ担当)。
            その後オーディション時の話を色々。菅田さん、高杉さんは「グリーンベレー」ではありません(笑)。さらに話がパンチパーマに移り、ネット情報を(後輩経由で)チェックしていた事を告白。

            石森氏にサイン入り色紙を戴いたのに、別の封筒を持ち帰ってしまい、数年後に中身を見たら別のセル画が入っていた事が判明、石ノ森記念館にある色紙は自分の何ですとの事。
            製作費が無いのでノーギャラと自腹切り話が連発され、ロケ地に行くのにバイクでロケバスの後を付いて行った事、さらにバイクで崖を降りるシーンで4サイクルだったので下のネジが抜けてオイルが漏れ、仕事と無関係の後輩のトラックで取りに行った事等、宇梶氏と宮内氏についてごにょごにょ。
            ルミとの競演で年齢差がありすぎて、「ロリコンもいいとこです」という台詞には爆笑。
            怪人総登場の時に怪人名を覚えていないので、「俺は一番だ」「俺は二番だ」で撮影したという話には笑い死ぬかと思った。
            その後も中屋敷氏が話が一段落した頃に「時間ですか」と喜んでボケを入れ、本当に終わる時は「ええー!」と白々しいボケ。さらにライダー再演話に着ぐるみは無理だと言う城谷氏に中屋敷氏に「こう言いっとくんだよ」とマイクに入るように囁くなど、面白過ぎ。
            その後抽選会となり(寄せ書き色紙や菅田氏ハンドメイドのポロシャツや村枝氏サイン入りポスター等)、イベント終了。最後は菅田・中屋敷・城谷氏が左後方出入り口に並び、退場する客に握手会。

            んでー、『仮面ライダーZX』の個人的な疑問が一つ。
            菅田氏は『仮面ライダースーパー1』のオーディション時に最終選考まで残り、その時に待合室で自分を発奮させるような台詞を話したところ、先に入った某氏(敢えて名は伏す)からその言葉が間違って伝えられ、面接した役員に「君は子供番組を舐めているそうだね」と叱責されたとか(それが影響したかは不明なれど、結局落選)。
            で、映像本編で、バダンニウム輸送妨害にライダーマン・スーパー1組とZXが鉢合わせ、敵と勘違いしたZXが二人を相手に大暴れ、話し合おうとするスーパー1に「正々堂々と勝負しろ!」と叫ぶシーンがあるわけで。
            これに因果関係はあるのかという質問をぶつけたら、即座に笑顔で否定していただきました。わはは、そりゃそうだ。誠実に答えてくださった菅田氏に感謝すると共に、この質問でちょいと待たせてしまった後ろの方に深くお詫び申し上げます。ごめんなさい。あー、でも長年の疑問が解けて、スッキリしたー。
            しかし菅田氏、めっちゃ怖い外見なのに、話しっぷりがシャイで朴訥で、えらく人の良いおいちゃんでしたなー。ちょっと濡れた。
            惜しまれるのは撮影・サインねだり禁止との事で、ちょいと残念(売店にはてつをのサイン色紙15750/5250/3150円がありましたが)。とはいえ実行委員会副委員長でプロデューサーの阿部征司氏がいらしたので、これ幸いとこちらにサインを戴きましたが。
            | 映画・TV | 23:20 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            『L.A. ZOMBIE』鑑賞
            0
              ブルース・ラ・ブルース写真展

              で、『Otto; or, Up with Dead People』に続くゾンビ映画『L.A. ZOMBIE』を上映なので、覗いて来る。まー、一言で言うと、ガチムチ系ゾンビによるゲイ映画。ちなみに字幕無しの上映ですが、台詞は最小限、脇役ばかりなので、そんなに困りません。

              冒頭、風景を流し撮りしたタイトルバックは普通に商業映画。音楽のセンスがフィリップ・グラス風で、非常に良い。でー、海の中からFrançois Sagat扮するゾンビ登場。メイク自体はドイツ表現主義以来の眼の周囲の隈を強調した感じで悪くないのだが……全裸でチンコが映る。あー!そういう映画。
              軽トラを運転している若者、ゾンビを見付けて乗せてやる。直後、事故の音!だけで、若者は脚に大怪我、心臓剥き出しで苦悶した後に絶命。トラックから這い出してきたゾンビ、鰹節のようなチンコを引っ張り出し、若者の心臓部分に挿入しインアウト、ソースのような精液を射出したら若者が甦り……ゾンビ、ズボンをはいて余韻を残して去って行く……。
              いやもう、この辺で場内(と言っても30人弱)は爆笑。以下、チンコで死者を甦らせるゾンビのエピソードが延々続く。
              ホームレスのような生活をしていたゾンビ、運河で金を持ち逃げしようとして射殺された若者に気付き、その死体を河縁の巣(AVでお馴染みのマットが敷いてある)に引っ張り込み、チンコで復活させる。
              車から捨てられた、額を撃ち抜かれた若者の額の穴にチンコを(以下略)。
              のたれ死にしたホームレスのいる段ボールハウスに潜り込み、いきなり宮殿のように広く立派になった幻想の室内でバック攻めと尺八で(以下略)。
              そして壁に一人を拘束吊りしたりして遊んでいるレザー系ゲイ4人が麻薬の取引のトラブルで血の海に沈んだ所に乱入、四人を復活させて乱交。
              そして彷徨ったゾンビは、最後墓地で自らを埋め、映画は終わる。
              正直よく分からん作品。ゾンビは軽トラに乗った時点で全裸だったり服を着ていたり、その後もゾンビだったり普通の人間だったり、レザーゲイのシーンでは一部始終を窓の外から見ているのだが、そのうち部屋の中に乱入した自分を見ていたり、ゾンビメイクも牙を生やしていたのが、顔中牙だらけのメイクになったり、とにかく唐突でデタラメ。が、それなりにムードはあるので、ビデオスルーのZ級ゾンビ映画よりはそこそこ楽しめる、といった所か。

              その後トークショーでブルース監督作品の日本語ソフトをプロデュースしているという鈴木章浩監督と、田亀源五郎氏のトークショー(すんません、狙った訳じゃないんですが、椅子席が埋まっていたので、かぶりつき真ん前の座布団席になってしまいました、笑)。
              姿が変わり、全く人から怖がられないゾンビという演出から、あれは本当のゾンビではない、監督のゾンビになって愛し合いたいという自己投影と比喩の演出ではないかという田亀解釈に対し、鈴木氏はあれは天使のような存在によるマイノリティ救済をイメージしたものではとの解釈を開陳。意味不明のカットの中で橋の上で寂しげにたたずむカットが良いとしながらも、レザーゲイのシーンで「ブルース監督と趣味が合わないと感じた、映画では拘束吊り男を降ろして愛し合うけれど、私なら吊ったままにする」という感想に爆笑。その後ブルース監督の8mm時代のゾンビ映画(男二人のゾンビが女一人を挟んで殺し合い、食い合い、愛し合う)が上映され、『L.A. ZOMBIE』はカニバルシーンが無いねーという話になり、鈴木監督がハードコア版が存在するという話をするという。興味深い話もありました。いや、あまり観たくないですが。

              ゾンビが一体でうろうろするという点に、『ゾンビ・パパ』『マニアック・コップ』とか思い出し、体液によって死者を甦らすという演出で『悪魔の墓場』(こっちて使われるのは死者自身による血液だけれど)を思い出しましたが、『ブレインデッド』でゾンビ同士がセックスしてゾンビベビー誕生とかに比べれば、害が無いようなあるような。
              個人的にはかつてのにっかつロマンポルノがポルノでさえあればSFでもスプラッターでも時代劇でもロードムービーでも容認したように、どの客層からも不満が出るという点を除けば、こういう作品もありかなと。内容的には宗教映画的であり、天から来た(海だけれどさ)神なり天使による復活と治癒、弱者救済の奇跡、そして役目を終えた神の使いが再び現世から離れる、というイメージなのかなあと思ったが(Los "Angels" Zombieだし)。そういう意味では鈴木氏の解釈に近いのですが、何か話を聞いていると、田亀氏の解釈の方が本質を突いているような気もしました。必見ではないけれど、観て損はないと思います。チンコと男同士のラブシーンに違和感を感じなければ。
              個人的には、甦った軽トラの若者の前で、ゾンビがズボンを持ち上げて服を整え、去って行くシーンが妙に情感ありましたね。
              | 映画・TV | 23:00 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              戦闘獣ダンザニア
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                 先年倒産した老舗の出版社・ケイブンシャは実に良質な書籍を作る出版社だったが、ゲームの攻略本と共にお世話になったのが、『全怪獣怪人大百科』である。ケイブンシャ倒産後某社から増補版が出版されたものの、それが追加分の図版が無いという凄まじい作りで、非難囂々、この路線に終止符を打ってしまった事を思い出す。
                でまあ、この『全怪獣怪人大百科』、初期は特撮とアニメが混在しており、ガッパや白獅子仮面と共にロボットアニメの敵ロボットが紹介されていたり、まさに百科事典らしい混沌さが魅力的だったのだが、グレートマジンガー関連は設定画の図版を掲載していて、アニメそのものの写真を掲載するよりもカッコ良かったりする(そういえばマジンガーZがロケットパンチでグラトニオスを破壊しているという、ある意味感涙物の巻頭グラビアも掲載されていたような)。
                その中で印象的だったのが、ダンザニアである。解説には「暗黒大将軍が指揮する最後の戦闘獣」と書かれていた。いやー、いいじゃないですか、「最後の戦闘獣」。『最後のジョーズ』とか『最後のアマゾネス』とか『地球最後の男』とか、ゾクゾクするキャッチじゃないですか。閑話休題。

                ここで『グレートマジンガー』……というより、ミケーネ帝国と暗黒大将軍の解説をちょこっと。
                敵組織であるミケーネ帝国は古代滅んだというか滅ばされた実在の存在だが、『グレート』ではその末裔が地下に逃げ延びたものの、陽の射さない地下生活で肉体が脆弱化し奇形が多く生まれるようになり、その対策として一族を機械の体で補強した結果が戦闘獣という設定になっている(コミカライズの設定が混ざっているかも)。なので『マジンガーZ』の機械獣と違い、彼らは人間であり、そして暗黒大将軍や地獄大元帥のように、顔が二つあるんですな(その設定が生かされたのが、ジュンの幼なじみが戦闘獣ゲルニカスに改造され、巨大な機械の体から生首一つ出して哀しい言葉を話し続ける『戦闘獣志願!! 逆光線に散った青春!!』ですな。トラウマ物です)。
                そして暗黒大将軍というとこれがもう、叩き上げの現場の人間が管理職になると上役の無茶な要求や部下の不和とかに悩まされて実力を発揮できずに潰されてしまうパターンを地で行ってしまったような、典型的な駄目中間管理職で。だから自らが乗り出す『死闘!! 暗黒大将軍の最後!!』の暗黒大将軍は実に生き生きとしていて、傷ついたグレートマジンガーにとどめを刺すべく、周囲の制止を振り切って出撃、無数のミサイルの雨の中をグレートマジンガーめがけて走って行くシーンなど、当時の作画が追いついていないものの、ゾクゾクする程のカッコ良さである。
                ただまあ、ここでも演出の都合とはいえ、わずか三体の戦闘獣だけ連れて、しかも最後の戦闘獣ダンザニアはまだ製造中で、ようやく出撃させたら既に先行していた二体は倒された後という、やっちゃいけない作戦をやってしまっているのである。

                で、ようやく本論。この戦闘獣ダンザニア。『ゲッターロボ』の無敵戦艦ダイのように、もう歯が立たないような強さとは無縁。というか、あまりにも意味不明なのである。一応こいつは人間型戦闘銃なのだが(ミケーネ戦闘獣は暗黒大将軍直下の7大将軍率いる7つの軍団に大別されていて、人間型やら悪霊型やら魚類型やら爬虫類型やらがいる)、人間型のボディの上に、巨大な追尾ミサイルが載っかっているという、シンプルな戦闘獣である。実際出撃後、グレートマジンガーの背後からミサイルを発射、背中に大穴を開けて大ダメージを与えるものの、残された人間型ボディは特に武器などを装備している様子も無く、ただ走って行き、そのままグレートマジンガーによって真っ二つにされてしまうのである。
                そしてこのダンザニア、きちんと顔のある人間型ボディの上に載せられたミサイルにも、顔が付いているのである。暗黒大将軍や超人将軍ユリシーズの本来の顔はボディの頭部でなく腹に付いており、地獄大元帥なら頭部の上にあるケースの中に本体のドクター・ヘルが収納されており、魚類型将軍アンゴラスは、額の突起(アンコウの発光部分)に本来の顔が付いているように、遠目に見た顔に相当する部分はダミーの顔というパターンが多い。
                これらからすると、ダンザニアの本体はミサイル部分ではないか?という疑問が湧く。

                暗黒大将軍は多少せこいところもあるが基本的には部下思いで、正攻法を重んじるキャラクターである。とはいえ負け戦で必勝を期さねばならないとなれば、かつて日本軍が爆弾を必中させる為に特攻を推進したように、「必ずグレートマジンガーに致命傷を与える」為に、操縦者が高速移動するミサイルとなって体当たりする戦闘獣を設計する可能性は否定できない。
                もちろんダンザニア自身がそれを自ら望んだ可能性もあるが、残念ながら彼が戦闘獣になる経緯は省かれており、想像するしかない。
                暗黒大将軍や先行した戦闘獣バニガン達との関係というか、絆の深さは? 改造前の彼のキャラクターは? そしてこのスタイルの戦闘獣になる事を彼は知っていたのか? 彼の意思はどうだったのか? 
                あのデザインから見ると、もしかしたら完全に機械で作られた戦闘獣だったのかもしれない(実際暗黒大将軍はダンザニアのミサイルが炸裂しても命中した事を高笑いして喜ぶだけで、本体が真っ二つにされても消耗品が無くなった程度の表情しか見せていない)。

                とはいえ、もしダンザニアがただ体当たりする為のミサイルとして改造され、出撃させられたのだとしたら。
                この想像が事実ならば、これ程残酷な設計の戦闘獣も無いのではないか。彼は戦う為でなく、体当たりをする為に改造されたのである。まるで太平洋戦争時の特攻兵器・桜花のように、戦場に母機で運ばれて、後は敵めがけて体当たりしろと切り離される為だけに改造されたのである。そして完成直後に出撃させられ、先行するバニガンの為に「急げ急げ」とせかされて全力疾走し、敵の姿を見た瞬間、その身をぶち当てて果ててしまうのである。
                だとすれば、ダンザニア搭乗時のBGMが物悲しいものだった事も得心が行く。彼はそれ単体では殆ど戦闘力0の特攻機に乗せられ、誰にも振り返られない、ただ捨て石となるだけの宿命を背負わされた特攻隊員のメタファーではないのか。
                そういう仮定と想像が膨らんでしまう、戦闘獣ダンザニア。こういう事を考えるのはくだらないなあと思いつつ、やはりその姿には微妙な狂気と哀しみを感じてしまうのである。
                | 映画・TV | 02:54 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                『徳川女刑罰絵巻 牛裂きの刑』鑑賞
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                   ラピュタ阿佐ヶ谷の「牧口雄二の世界」が後半戦に突入しましたので、行って参りました。
                  何度も繰り返しますが、代表作・傑作が国内でソフト化されないというのは牧口監督の不幸ですな(昨年漸く『玉割り人ゆき』シリーズがソフト化された)。
                  で、本日の『徳川女刑罰絵巻・牛裂きの刑』は、欧州で『SHOGUN'S SADISM』としてソフト化されている映画ですな。日本で『西太后』が中国の残酷処刑ショー映画として楽しまれているような感じか。

                  とりあえずオープニングで戦争や原爆の写真をバックに、渡辺岳男の音楽が流れる。何かもうユーモラスというか間抜けな音楽で、違和感がもの凄い。そして「弱肉強食は人間の本性である」と本作のテーマが字幕で説明され、釜ゆでや八百屋お七の火あぶり等が描かれた後、寛永五(1628)年の江戸時代、長崎に話は移る。
                  長崎奉行の高坂主膳(汐路章)は苛烈な切支丹弾圧……というより、残酷な娯楽としての切支丹の処刑・拷問を楽しんでいた。そして隠れ切支丹の登世(内村レナ)一家が目明かしの弥吉(長島隆一)の手によって捕縛され、彼女が部下の佐々木(風戸祐介)の恋人である事を知ると、佐々木を側に置いてその眼前で登世を陵辱し、妾にする。さらに登世の妹みつ(増田美紀)を彼女の前で拷問にかけて両眼を潰す。妹の命乞いをした登世は仲間の隠れ切支丹を密告させられ、彼女の眼前で切支丹達は火あぶりにされる。そしてついに登世の両親が磔にされ、彼女の嘆願空しく高坂は時間をかけて両親を殺害。キリスト教の教えに背いて自害しようとする彼女は、「みつを頼む」という遺言の為に死ねない。そして登世は佐々木の眼前で、高坂の愛撫に歓びを感じるようになる。佐々木は高坂の命令を拒んだ件で髷を切られて追放される。一年後、両親の墓参に出向いた登世を佐々木が奪回する。二人は結ばれるが、すぐに追っ手がかかり、高坂により佐々木は刺殺され、彼の死骸を前に登世もまた牛裂きの刑に処される。そして高坂は邪宗徒取締の功績で1万石の大名・寺社奉行まで出世したとナレーションが入り、光きらめく川で戯れる佐々木と登世の映像が入り、第一部・終了。
                  続いて大坂の豪商の息子と騙って一晩で十四両もの豪遊をした捨蔵(川谷拓三)が、女郎屋で一年のただ働きをさせられる。そこで妊娠した女郎が無理矢理赤子を摘出され、病癒えぬまま働かされて労咳で血を吐き、さらにそれを連れ出そうとした卯之助(野口貴史)の陰茎を刃を潰した剃刀で切断させられ、溜まらず同郷の女郎おさと(橘麻紀)を連れて逃亡。おさとをおぼこだと言って別の女郎屋に十五両で売ろうとして(十両にまけさせられる)失敗、オワイ屋の振りをしてくみ取り便所から彼女を脱走させるがその時にもたついて金を便所の肥の中に落としてしまう。しかし喧嘩別れしたおさとが夜鷹の縄張りを荒らしたと勘違いされて彼女を輪姦する三人の河原乞食を殺害したのを皮切りに、二人は犯罪の逃避行を始めるが、美人局を仕掛けた相手が岡っ引きで捕縛。水車の拷問等を白を切って耐える捨蔵だったが、乳首をねじ切られ白状しようとするおさとをかばって自白。二人は鋸引きの刑となるが、おさとは役人に賄賂を効かせた元の女郎屋に引き取られ、一人残っていた所に通りかかった卯之助に首を挽かれて殺害される。女郎として明るく復活したおさとに、捨蔵は「利用されるんやない、強く生きるんや」と語りかける。

                  こんな感じの二部構成オムニバスだが、とにかく売りの第一部が拷問とセックスの連発で、清々しい程の見世物映画になっている。とはいえ同様の石井輝男作品が吉田輝男に「何故人間はこんな残酷なことを出来るのだ」と言わせるとかとにかく残酷シーンを表層的とはいえ物語性を付加する事によって作品として昇華させていたのに対し、第一部は牧口雄二らしいソフトフォーカスを効かせた映像美を垣間見せるものの、『ギニーピッグ2血肉の華』並みの残酷シーンの連発で、そういった感動はゼロ。同月に公開されたパゾリーニの『ソドムの市』の向こうを張ったかのように、エログロシーンのみをつなぎ合わせた作品となっている。確かに『浪人街』で未然に防がれた牛裂きの刑を映像化したという点では貴重な作品ではあるが、汐路が「こうやるんだ」と見本を見せる磔の罪人を前から胸を刺すシーンは、どう見ても間違いである(実際は骨に当たらないよう、脇の下から反対側の肩に向けて貫通させる)。他にも巨大な狸の置物の中に切支丹を閉じ込めて焼き殺したり、蛇の群れを放り込んだりと、実にバラエティに富んでいるが、前置きのない官能小説同様、ドラマ部分をないがしろにして制作された映画には全く面白味が無い。
                  そしてみつは盲目の巡礼となって目隠しされて引き回される登世の横で転び消え、佐々木と登世が惨死して高坂が出世して終わりでは、何故こういう結末にしたかという興味深さはあるものの、石井輝男でさえ勧善懲悪の路線は守っており、どうにも不快な気分だけが残ってしまう。これがアンハッピーエンドながら、不思議な余韻を残す作品になった『ソドムの市』、あるいは遠藤周作の『沈黙』を意識したものならば、あまりにも拙劣としか言いようがない。
                  翻って第二部は川谷拓三の演技もあり、意外と楽しめる作品にまとまっているが、こちらは尺数が短く急ぎ足の結果に終わっている。
                  トータルするとあまりにもバランスが悪く作品としての体を成しておらず、それが会社の要求か監督の意向かは不明だが、正直牧口ファンを自認する自分でも失敗作としか言えない代物になってしまっている。むしろ第二部を展開させ、犯罪者カップルの逃避行というドラマである次々作『毒婦お伝と首切り浅』という佳作に昇華したと思えば、その習作としての役目を果たした作品と位置付けられ、多少の溜飲は下がるのだが。
                  非常に胸糞の悪い作品であり他人には絶対に勧めはしないが、その展開される残酷ショーに心惹かれる人ならば、一度は観て置いても損は無いかもしれない。断言できるのは、生きたイモリを喰い千切り、残酷な拷問に「ザッツ・パーフェクト」と喜ぶ汐路章の怪演は見物である事である。
                  | 映画・TV | 23:25 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  『SPACE BATTLESHIPヤマト』鑑賞
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                     公式サイト
                    キムさん主演の実写版ヤマトである。しかし1000円割引デーの21:15の最終上映とはいえ、渋東シネタワーの窓口の兄さん、えらく愛想が悪いね。おまけに東映のライダー映画の予告編までやってるし、よくわからん。
                    しかしこの映画、とにかく展開が急。ガミラス艦隊戦→地上でレアメタル拾いをしている古代の近くにイスカンダルからのメッセージ到着(ヘルメットが外れた古代はメッセージカプセルのおかげで被爆せず、ちなみにサーシャはいません)→沖田がヤマトでイスカンダル行きを決意→古代が、沖田が守を盾にして生き延びたと非難して森に殴られる→乗組員乗艦→ガミラスの攻撃→いきなり波動砲発射。ここまで20分である。もうダイジェストである。とにかく場面転換が早く、全般にタメがないのが本作の特徴。それが露骨に出ているのがワープで、人類初のワープが、加速→消滅→登場、そして乗組員が気絶しているシーンが数十秒で展開されるという、まったく危機感も緊張感も無い、ただそのシーンがあるというだけの代物。その前の帰還できない森を古代が救出しに行くシーンに時間を割くぐらいなら、ワープの方に時間を割いてほしかったような。
                    その後第三艦橋勤務の旧友が生きて帰るんだと仲間と談笑して死亡フラグを立てて笑いを取った後、ドメル艦のように第三艦橋に取り付いて自爆するガミラス艦から艦を守る為に、古代が森に生存者6名がいる第三艦橋を攻撃して切り離すように命令。このあたりの話はじっくり描けば面白いと思うのだが、乗組員の悲鳴は無く、あくまで外から見た軽い描写のみ。なのでその後古代と森が落ち込むのが今一つ感情移入できず、その後軍属を離れていた古代を非難していた森(島から、古代と島が遊星爆弾を攻撃して軌道を外したら、自分たちの家族のいるコロニーらぶつけてしまった過去が語られる)が古代に泣きつき、いきなりブチューッとキスしてそのまま押し倒すシーンは、あまりにも描写が軽くて笑っちゃいましたよ。
                    でガミラス艦の捕獲とドンパチの後に無理やりワープして、波動砲封じに射ち込まれたドリルミサイル(というよりフェイスハガー)をくっ付けたままイスカンダル到着。
                    え・え・えー。
                    冥王星基地戦もビーメラ星もバラン星も七色星団戦もなしかよ。しかもイスカンダルからのメッセージには波動エンジンと座標の情報はあったものの、放射能除去装置の話は無かった事が突如説明され、ヤマトの航海が古代が体験した放射能除去に賭けた沖田の独断だった事が判明。しかしイスカンダルからのガミラス艦の攻撃から古代は座標への突入を決意。加藤、山本、真田、斉藤、森達を連れて強行突入。雲霞のごとく押し寄せるガミラス人に加藤達(森も含めて彼等はかつての古代の部下、チーム古代)がここは俺に任せて先に行け、そして目標の地点にあった生命体が森に乗り移り、ガミラスとイスカンダルはコインの裏表であり、自分が放射能除去の機能があるので森に乗り移って地球へ行くという。そこで斉藤と真田がガミラスの中心部を破壊する為に残り……あれ、いつの間にか『さらば』になってる。ヤマトはガミラスを破壊して地球に帰還。ここで沖田は死ぬが、追いかけてきたガミラス=デスラーに地球を破壊されそうになる。しかし波動砲にはドリルミサイルが付いていて……何で付けたまま飛んで来るんだよ。古代は南部の「このまま波動砲を撃ったらヤマトは自爆する」という言葉にヒントを得て、放射能除去装置と化した森を気絶させて島(妻子持ち)達生存者12人に託し、一人ヤマトで突入して相討ちに持ち込む。そして緑の戻った地球で、森はあの一発が当たった子供に微笑むのだった。

                    という訳でこの作品、とにかくタメがない。だから一つ一つの描写に「地球の運命がかかっているんだ」と悲壮感はゼロ。そもそもあと一年で地球滅亡というタイムリミットは提示されるものの、ヤマトの旅がどれぐらい時間がかかっているか不明で、もしかして日帰りじゃないの?と思ってしまうぐらい急ぎ足である。
                    キャスティングは真田さん扮するギバちゃんが最高。オリジナルの青野武の台詞読みを懸命に再現していて、ここだけは東映実写マンガ映画スピリッツを堪能させられた。後は斉藤役の池内博之が意外とハマっていて、マッチョさはないもののなかなか好印象。ただまあ、後はキムはキムでしかない古代、美人だけれど色気もへったくれも無いメイサ森、見せ場も何も無い西田徳川、高島佐渡、緒方直人島とどうでもいい演技。特にひどいのが山崎努の沖田で、ヤマト出航後すぐに寝込んでしまい、病人演技で台詞が聞き取れない。
                    ここで個人的なオリジナルヤマトの感想だが、沖田艦長って、人望と判断力は優れていても、艦隊戦の指揮能力は愚将だと思うんですね(七色星団戦の指揮はひどかった)。古代は初対面の相手を呼び捨てにしたりして、すげぇ嫌な奴だし。とはいえこの沖田艦長のどうでも良さはちょっとなあ。
                    しかもガミラス=デスラーやスターシャはエネルギー体のような不定形生命体なのでオリジナルの声優が声を当てているというメリットはあったものの(ちょっと石津嵐版小説っぽくて嫌ではない)、存在感ゼロ。古代のハンディマシンから武装ロボットに拡張して大暴れするアナライザーは笑ってしまいましたが。

                    まあこの辺はどうでもいいとしても、悲しむべきは特撮とセットの貧弱さである。
                    セットが狭いのは致命的で、冒頭の地底都市が俯瞰ばかりで地表から地底まで広がっているはずの空間を捉えていなくていかにもスタジオ内のセットという感じだし、ヤマト艦内は狭苦しい艦橋と艦長室と食堂ぐらいで、格納庫もずらりと並ぶ戦闘機体を見せてくれるわけでなく、テレビのコント状態。一番腹が立ったのが機関室で、オリジナルが巨大な波動エンジンの周囲を機関士達が懸命に走り回っていたのに比べると、狭い制御室からガラス越しに特撮臭いエンジンを見ている始末。とにかく艦内の描写が貧弱なんですな。
                    特撮も戦闘機主体。つーか、ヤマトの描写が少なすぎ。CG映画にありがちな細かいカットをつなぎ合わせたような慌しい描写が目立ち、波動砲を撃つシーンもタメなしで撃って敵艦隊の壮絶な崩壊シーンが描写されるわけで無いので、魅力なし。何か観ていて、バンクシーン連発の『宇宙空母ギャラクティカ』を思い出してしまいましたわ。

                    という訳でこのヤマト、シナリオの一部に感心する部分はあるものの、キャラクター駄目、演出駄目、ストーリー駄目、特撮駄目でスケール感無しのいい所無し。『デビルマン』は原作のおいしい所を全部入れたなと構成に感心する部分はあったが、本作についてはそのレベルにさえ達していない。面白くも無ければ笑う事もできないという、実写マンガ映画に愛を捧げる自分もフォローできない愚作でした。
                    とりあえずスタッフはキムの暑苦しい顔を映す暇があったら、オリジナルのヤマトを観て、砲塔が曲がって破損箇所だらけのヤマトが死に物狂いで砲撃を繰り返すシーンの美しさを勉強して来い。あと、『ドカベン』と『惑星大戦争』を20回は見直して来い。こんな作品を金取って見せるのは犯罪に近いぞ。
                    | 映画・TV | 23:59 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
                    『デスカッパ』鑑賞
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                      公式サイト
                      初日に見損ねたまま、漸く観に行かれました。偶然にも星光子、なべやかん、右田昌万各氏のトークショーの日で、20分程なれど、なかなか楽しめました。生で星光子さんを観られてラッキーという感じでした。『ゴジラ』'84のヘリのミニチュアだとか平成ガメラのセットを拾って再利用しただとか、吊糸はアメリカ人に特撮魂を見せる為に消さなかったとか、笑える話が多々。撮影OKなのがうれしいですな。
                       あと、レイトショーなのに上映前に前後の席にガキ4人を連れた夫婦が座って嫌な予感がしたのだが、行儀が悪いときちんと叱るし、トークショーの間は子供を連れ出したりしていたので、いらいらせずに観られました。
                      映画の主役は売れなかった元アイドル・平田弥里が故郷の尻子玉に帰って来たら、眼前で祖母の桜井浩子がヤンキー達に轢殺され、さらに祀られていた河童のミイラが海に落ちて復活、祖母の遺志を継いで弥里が河童とかつて歌った歌を通じて仲良くなるが……という物語。 映画は基本的にゆるーいお笑い系。主演が『ウルトラマンメビウス』のコノミ隊員、その祖母が『ウルトラマン』のフジ隊員、自衛隊の参謀役が『ウルトラマンA』の南隊員、『仮面ライダーストロンガー』の城茂こと荒木しげる(選挙落選して本業に帰ったか)と、有名無名の友情特別出演、アイドルのイメージビデオまんまの映像が入るわ、さそりのコート姿でうろつくわ、『ウルトラファイト』風のタイトルが入って解説者のカットイン付きでクライマックスのデスカッパとハンギョラスの実況が始まるわ、メーサーのそっくりさんが出るわ、巨大弥里の格好が妖怪巨大女だわ、ラストに海に消えて行くデスカッパに「終」の文字が出るわ、全編パロディの連続である。
                       という感じでマニアとして心くすぐられる部分の多い映画だが、俺的には外した感じである。全般的に安っぽいのは仕方ないとしても、こういう作品は真剣にやればやるほどおかしくなってくるのに、最初からゆるいお笑い路線なので、何か笑えないんですな。『仮面ノリダー』と『仮面ライダースーパー1』の中間ぐらいというか。画面をフィルム調にして音楽を重厚なオーケストラ調にすればかなり印象は変わったと思うのだが、最後まで怪獣映画への愛情と中途半端な立ち位置のギャップが埋められなかった作品、という感じか。
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