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『壇ノ浦夜枕合戦記』鑑賞+丹古母鬼馬二トークショー
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    公式サイト
    午前中病院に行ったので時間的に無理かなあと思っていたら、この強風と雨模様のせいか患者が少なかったのか、あっさりと薬の処方までたどり着き、そのままよみうりランド駅のザ・グリソムギャングへ。お客さんは俺も含めて7人ぐらい。少なー。
    でもこの映画は日活何周年記念だかのロマンポルノ超大作ながら、公開当時からつまらないという評判の作品なので、それもやむなし。おそらく実在する皇后というか皇族のセックスを描いた唯一の邦画だと思うが、確かにつまらないんですな。
    要は平清盛の没後(小松方正扮する清盛に犯されるのが、『女獄門帖・引き裂かれた尼僧』の田島はるか)、壇ノ浦での平家滅亡後、生き残った安徳天皇の生母こと建礼門院と女官達が源氏の武者達に嬲られ、売られ、殺される様を描いた映画。とはいえその辺りの話は60分ぐらいで終わり、後は風間杜夫扮する義経が脅しすかして建礼門院に自分から望んで体を開けと丁寧に強制して、延々ヤってる展開となり、この辺りが退屈なんですな。義の人だろうと何だろうと、昔は合戦があれば敗軍側の女子供や民は余得としてさらわれて売り飛ばされるのが常だったから、この辺りを丹念に描いた方が意義のある映画になったと思うのだが。

    15時から予告編付きの映画上映が終わり、休憩の後、17時から映画に伊勢三郎義盛役で出演していた丹古母鬼馬二氏登場。サイン会以外の撮影と録音は禁止なので、以下は記憶で。
    ・風間杜夫は同じ事務所で、数か月の先輩。
    ・ちなみに『蒲田行進曲』でいつものように呼び捨てにしていたら、聞きつけたスタッフが「うちの映画の主役にその口のきき方は」と叱りつけてきて、でも風間がフォローしてくれなかったので、そのまま謝った。
    ・風間杜夫の実家は雀荘で、本人も代打ちをしていたそうで、麻雀はえらく強いらしい。
    ・事務所の社長はじゃんけんで負けて役者仲間のマネージメントをした人物。芝居をよく見ていてガリ版刷りの新聞を刷って配ったり、「君の事務所の××君を主役で」という話に「いや、○○に出ている△△の方がいいですよ」と答えたりして、外部からの評価は高いが、内部からはさんざん。事務所の役者には仕事が来ないので、忘年会で二次会三次会あたりで大荒れとなり、以降、公式には役者との忘年会はなくなったとか。
    ・丹古母氏はギャラが同じなら、拘束時間の短い出番の少ないほうがいい。3カットぐらいがいい。
    ・台本は自分のセリフ以外は、前後と全体をさらっと斜め読みするぐらい。だからこの映画では小芝居をあまりしていない。女官が「天罰」云々と言うシーンや、義経が男根が切れたらお前にやると言うシーンは無言で追随するだけで、もう少し芝居をすればよかったと。
    ・撮影は、船に乗って流されてゆく坊主の役も演じている、姫田真佐久。丹古母氏が伝言を承って、建物内を走って来て、義経達の前で口上を述べるシーンはクレーンを使った大掛かりなものだったが、台詞を忘れてしまったので、後ろ姿しか映らないのをいいことにアフレコで合わせればいいやと後半は行数分だけ適当な事を言っていたら、監督にダメ出しされて、「9分ぶんのフィルム代7千円をギャラから引く」と言われて、懸命に台詞を思い出して、二回目はきちんと演じた。
    ・当時はカメラのレンタル料が一日70万円だった。ある作品の撮影中に、庶務のおばちゃんが笑顔でやって来て「お父さんが亡くなったって連絡が入ったよー」。長屋もので常に赤フンでうろうろしてる役でいつもいる必要があったので監督に頼み込まれ、帰れたのは二十日過ぎだった。
    ・にっかつの監督についていろいろ。これは司会の人のコメントも合わせて自粛します(笑)。西村昭五郎監督は老人ホームを転々として、八戸在住。曽根中生監督は死亡説も出ていたが、九州で生存確認。
    ・にっかつの映画には10年ぐらい出ていたが、最後に改心する駕籠かき役で出た『色ざんげ』がお気に入り。
    ・『八甲田山』の話。観客からの「あのよちよちした歩き方は雪を知らない人だと言われた」という質問に、案内人なのに知らないですね、文句はプロデューサーに!との事で場内爆笑。撮影は過酷で、雪山で麓との連絡が途絶えているにもかかわらず、脱走者が五人出た。二人は青森駅で捕まり、一人は東京駅で捕まり、一人は事務所で捕まったか。最後の一人は今も行方不明だ(おい)。また、女性のいない野郎だけの撮影だったのに我慢しきれなくなったやつが、ホテルの女中さんを深夜の混浴風呂で襲った。おかげでそれ以来、混浴はなくなった。また、小道具のNさんを責める役者がいて、Nさんは数日間寝ずに働いた揚句、ある朝精神に異常をきたし、降板した。
    ・最初は森谷司郎監督は優しかったが、木村大作の影響か、終盤の撮影は無茶苦茶危険な指示を出してきた。
    ・『砂の器』ではいきなり松竹の大船撮影所に行ってくれ、行けばわかると行ったら、鈴木瑞穂やらスターの並ぶ部屋で、前から四番目辺りに二つ席が空いていて、隣が森田健作だった。とりあえず撮影が始まったが何やっているかわからず、三日目に助監督に尋ねたら「松本清張の砂の器ですよ!台本もらってないんですか!」と言われた。台詞がないので、刑事らしく延々自前の煙草を吸い続けた。その際、煙草の長さに気を付けて、カットの前後だけは聞いていたが、ギャラが安いので途中で小道具さんにセブンスターをもらった。
    ・丹波先生は「やあやあやあ」と遅刻して来るが、当時は数ページ分もの台詞をしっかりと記憶していた。
    ・しかしある日ロケ先で双方釣りに行く事を知り、丹古母氏は現地で仲良くなった漁師の船にタダで乗せてもらって行くと話すと、タンバ先生は急遽自分のチャーターした船をキャンセルし、丹古母氏に付いて行くことに。しかし船の舳先で両手を広げてポーズをとり、釣りの用意は他人=丹古母氏にやらせ、釣れないと道具を交換しようと言ったり、無茶苦茶だったらしい。
    ・日本テレビの若山富三郎と安岡力也のどっきりカメラは、箝口令が敷かれていて、力也は本当に騙されたらしい。数百万円のギャラが出たが、若山と山城新伍の奥さん(花園ひろみ?)以外はノーギャラ。その後富さんに文句を言おうとしたが、「この前はご苦労さん」と頭を下げられ、先手を打たれた。ちなみに若山先生は自分で自分のことを先生と呼ぶ。
    ・懐に飛び込んで話すタイプなので、吉永小百合にも「乳揉ませて」と言ったらしい。
    ・ダイナマイトどんどんの撮影は、岡本監督の家に近い矢口。奥さんも来ていたらしい。弁当の仕出しまで自分の名前を覚えているので感激したが、それもテクニックだったと知って、「張り切って損した」。
    ・杉良太郎と三船敏郎の時代劇の夜間ロケが、冬場にバッティングした。とりあえず一揆農民役で草鞋しか履いていない丹古母氏は、老人の役者たちも含む二十数人で灯油缶の焚き火二つで暖を取っていたが、そこに杉良太郎がやって来て、二つとも持って行って、股あぶりを始めた。その後入れ替わりでやって来た三船敏郎、すぐに暖をとれる冬場の脚支度をするように指示した。翌朝、旅館の前で掃除している老人に挨拶したら、三船敏郎だった。

    俺の好きな丹古母氏の役は、力童と、『走れトマト』で犬を欲しがる気さくなトラックの運ちゃん役なのだけれど、ご本人も動物はお好きとのこと。グリソムも昨年の児童映画特集の時に上映を検討したものの、監督さんが関西在住なので招聘が難しく、断念したとのこと。

    こんな感じで出演作品が多い丹古母氏、話の引き出しが多くてしかもよく記憶していて、2時間があっという間でした。その後のサイン会で、色紙の他に、怪力サムソン役で出演した東映『スパイダーマン』のDVDジャケットにサインもいただき、ウホウホ状態。また丹古母氏がゲストの時は伺いたいと思います。
    | 映画・TV | 23:10 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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